ワニによる襲撃件数
2022年12月1日、ボルネオ島サバ州のラハダトゥでイリエワニにより1歳の子供が死亡したという悲劇は、サバ州東海岸地域における野生動物と人間の軋轢を表しています。2020年から2022年の間に、ラハダトゥでは合計12件のワニによる襲撃が報告されており、そのうち死亡報告は8件にもわたります。
国際自然保護連合(IUCN)のメンバーであり、ボルネオ島の野生動物に詳しい Benoit Goossens教授は、20年にわたる調査の数字から、ワニの攻撃により死傷者が増えていることは、サバ州内のイリエワニの生息数の増加を意味するものではない、と述べました。
では、なぜボルネオ島で近年ワニによる襲撃の報告が増えているのでしょうか?
生息地の減少
Benoit Goossens 教授は、人間の活動や侵入によってイリエワニの本来の生息地が失われたために人間との間で軋轢が生じている、と続けました。イリエワニの生息地の一つにはマングローブの沼地が挙げられますが、都市開発のためのマングローブの伐採が進んでいます。
今回の襲撃地近くのマングローブも都市開発に直面していました。そのため、ワニは家族連れに人気のスポットや住宅地など多くの人が生活している地域に生息地を移動したのだと考えられます。
マングローブは、都市開発だけでなく、観光開発やエビ養殖、また、良質な材木が得られることから林業の基盤ともといった様々な理由により伐採されます。FAO(国連食糧農業機関)の調査によると、1990年から2020年の間に世界のマングローブの面積は104万ha減少し、過去30年間で減少の割合は半分以上になっているとされています。
マングローブとは何か?
そもそもマングローブとは何でしょうか。
マングローブとは一種の植物の名前ではなく、熱帯や亜熱帯において満潮時に海水が満ちてくるところに生息している植物の総称です。生態系にとって非常に重要な役割を持っている場所なのです。
撮影:David Clode
高潮位(満潮時の水位)から低潮位(干潮時の水位)のあいだ、潮の満ち干の影響を受ける場所を潮間帯と呼びますが、その潮間帯に生えている植物のことをマングローブと呼びます。マングローブを構成する種は110種類程度と考えられています。
出典:東京海上日動
マングローブと生物多様性
①マングローブは豊かな生態系を作り出す
捕食者である大きな魚から逃れるために小魚たちはマングローブで身を隠しながら、そこにいる動物プランクトンなどを食べます。貝類・甲殻類の仲間などは、マングローブの根や幹に生えている藻類などを食べる様子が見られます。マングローブに集まる魚を食べるために水鳥もやってきます。このように様々な生物がマングローブに集まります。
②二酸化炭素を吸収し貯蔵する
マングローブは温室効果ガスである二酸化炭素を吸収し、貯蔵することができるため、大気中の二酸化炭素濃度を減少させることに役立っています。太平洋地域のマングローブ林の地中炭素蓄積量は亜寒帯林、温帯林、熱帯高地林のそれらの3倍から4倍以上にも達すると報告されています。
また、マングローブは津波の威力を軽減することで知られています。マングローブはそこを生息地にしている生物のみならず、人間の生活にとっても大切な役割を担っています。現在行われているようなマングローブの伐採を見直すことは、ワニと人間の軋轢を減らすだけでなく、生物多様性を保ち、私たちの暮らしの豊かさにつながります。
マングローブ消失にブレーキを
マングローブの消失だけでなく、生物多様性を維持するために、私たちは今、行動を起こさなくてはいけません。生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)が2022年12月7日~19日の13日間にわたってカナダ・モントリオールにて開催されました。
COP15では、2030年までに生物多様性の損失を食い止め、回復させる(ネイチャーポジティブ)という目標のため、保護区として確保するべき最低ラインを30%の陸地・内陸水域・海域として決定しました。これにより、マングローブの消失にブレーキがかかることが期待できます。
インターン:武田茉由子